二月二日、奏斗の誕生日当日の放課後。奏斗と音哉を除く西高吹奏楽部二年生は美術室に集まっていた。わざわざ放課後、しかも部活が終わった後に集合した理由はもちろん、奏斗の誕生日を祝うためだ。
一週間ほど前、音哉たちが部活が終わった後にこっそり練習していたところを観田先生に見つかり、事情を話すと二つ返事でここを手配してくれたのが美術室だった。
普通の教室だと中が見えてしまうからという理由でここを選んでくれたらしい。美術室のドアは曇りガラスだから。
これが観田先生ではなく源内先生だったら、大会に向けての練習に集中しなさいとねちねち説教をされたに違いない。あの時見つかったのが観田先生でよかったと全員が胸をなでおろした。
しかし、小さな思い付きがこんなに大きいものになるとは思わなくて、音哉と鳴海は自分でもびっくりしているし、しかも声をかけたらみんな快く協力してくれて、嬉しいやら、申し訳ないやら、ありがたいやら。
本日の主役は、音哉が連れてくる予定になっている。二人がいないのはそのためだ。
サプライズで驚かせたいよね、という話になっていたので、音哉がどう説明して連れてくるか、鳴海は楽しみにしていた。ちなみに本人はというと、この時期はその年の吹奏楽コンクールの課題曲が発表される時期で、それが楽しみなあまり誕生日だということはすっかり頭から抜けているらしい。その話を聞いて、奏斗らしいと全員が口をそろえて笑った。
足音が聞こえては、ドアに向かってクラッカーを構え、遠ざかったり通り過ぎていくと落胆して肩を落とすのを数回繰り返す。
「おとやんおっせーなー。何やってんだ? まさかあいつ帰ってねーだろーな……」
「まさか。でも、音楽室から美術室ってそう遠くないのにね」
「だよな……。時間かかりすぎだろ。今か今かって待ってるの心臓に悪いから早く来てくんねーかな……寿命縮まりそう」
「あ、今度こそ違うかな?」
待ちくたびれた鳴海がぶーぶー文句を垂れていると、美琴が唇に人差し指を当てて静かにするように合図する。
二人分の足音が聞こえてきて、今度こそとどきどきしながら待っていると、視聴覚室の前でその足音は止まった。隣同士顔を見合わせて、おもむろに皆手に持っているクラッカーをドアに向けて構える。
「し、失礼します……?」
「奏斗、お誕生日おめっとー!」
「ねこやん、お誕生日おめでとう!」
「猫柳くん、お誕生日おめでとう!」
「猫柳、お誕生日おめでとう!」
「うわっ!?」
おずおずとドアが開いた瞬間、クラッカーを一斉に鳴らす。その音に驚いた奏斗が倒れそうになったのを後ろの音哉が支えた。
音哉に体を支えられたまま、奏斗はぽかんと口を開けた間抜けな表情で、笑顔で拍手を送っている同級生をじっと見つめる。
「あー……そういえば俺、今日誕生日だっけ?」
「それだけかよ! もっと他に反応あるだろ!」
「ご、ごめんごめん。びっくりして。……っていうかこれ、俺の誕生日のためにみんな集まってくれたの?」
「そうだよ」
「……そっか。なんか、めっちゃ嬉しい。みんなありがとな」
奏斗らしからぬ薄い反応に、鳴海が突っ込む。少し遅れてようやく実感が湧いてきた奏斗ははにかんだ笑みを見せた。
「ってことで、今日誕生日のお前のためにこれから俺らが一曲演奏するぜ!」
「曲の紹介はいいか。聞けば分かるだろうし。そんなわけで、一曲演奏するんで聞いてください。……あーそうそう、編曲は茅ヶ崎がやってくれました」
弾の視線に気付いた音哉が付け足す。紹介を受けた弾は満足そうに笑みを浮かべた。
「うわ、めっちゃ手間かかってんじゃん! ありがとう!」
奏斗が用意された椅子に腰を下ろしたのを確認して、中央の弾がアルトサックスを小さく振る。それを合図に演奏が始まる。
上手く動作しない人はこちら
「……あ」
フルートとサックスのイントロを聞いて、すぐに奏斗は何の曲かぴんときて思わず声を漏らした。
この曲は、中学二年生の時、選択音楽の授業で歌った、「今日は君のBirthday」。
朔楽のフルート、弾のアルトサックス、鳴海のユーフォニウム、音哉のチューバ、律のヴィブラフォンの演奏に、女子による女声二部合唱が歌詞をつける。気付けば奏斗もいつの間にか口ずさんでいた。
「なんか、もう、いっぱいいっぱいで何言っていいのか分かんないけど、ほんとにみんなありがとう。めっちゃ嬉しい」
演奏が終わると、拍手を送りながら奏斗は泣いていた。律にハンカチを差し出されてようやくそのことに気付いた奏斗は、照れくさそうに笑う。恥ずかしいと言いながらハンカチで涙をぬぐう奏斗を見て、自然とみんなの顔に笑みが浮かぶ。
「これ、企画してくれたのねむのんなんだよ」
「最初に思いついたのは俺な! 吹部らしく曲のプレゼントとかおもしろそうじゃね? って」
「……お前に見つからないように練習するの、大変だったんだからな」
律に言われて音哉がどきっとしたのも、ほんのり頬が赤くなっているのも、音哉以外は全員気付いていた。
音哉の視線に気付いた律は、わざとらしく首を傾げてみせた。
「ていうか、サックスめっちゃ目立ってたね」
「だってこの編成だと仕方なくない?」
「まあそうかもだけど……」
自分で言ってすぐに納得がいった。編曲は弾がやってくれたそうだ。だとしたら、そういう風にアレンジされているのも仕方あるまい。弾は目立ちたがりだから。
「盛り上がってるとこあれだけど、遅いしさっさと片付けしますか! この後おとやん家でパーティーすんだろ?」
「パーティーってほどでもないけどな。ただケーキ食うだけ」
「いいよね、そういうの。家が近いからならではだよね」
毎年、奏斗と音哉はお互いの誕生日にはお互いの家で、母親が腕にふるいをかけて作ってくれたごちそうとケーキを食べることになっていた。鳴海はそのことを覚えていたらしい。
時間もないし、奏斗も片付けを手伝おうと立ち上がるとそれを目ざとく見つけた律が主役は座っててと無理矢理また座らせられ、チューバを片付け終えた音哉が他の人を手伝おうとすると、今度は鳴海がそれを全力で引き止めた。
「あとは俺らがやっとくから、お前らは先帰れって。パーティーすんだろ?」
「そうそう。時間なくなっちゃうし、あとは僕たちにまかせて、二人は楽しんできて」
笑顔の鳴海と律にそんな台詞とともに美術室の外へ放り出され、奏斗と音哉は困ったような顔を見合わせる。二人の答えを聞く前にドアを閉められたので、今日はお言葉に甘えてこのまま帰ることにする。
「今日はほんとにありがとな、音哉。こんなのはじめてで、びっくりしたけど嬉しかった」
「俺もまさかこんな大事になると思ってなくてびっくりしたけどな。俺も楽しかった」
外は真っ暗で、よく見れば雪もちらほらと舞っていて、息を吐けば真っ白になって、とにかく寒かった。生憎の天気だけれど、二人の顔には満面の笑顔が浮かんでいた。
2016.2.2
※フラッシュプレイヤーが上手く動作しない人はこちら